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神戸地方裁判所 平成2年(タ)13号 判決

原告 斎藤恭一郎

被告 斎藤清美

主文

一  原告の被告に対する嫡出否認の訴えを却下する。

二  原告と被告との間に親子関係が存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一( 主位的請求)

被告が原告の嫡出子であることを否認する。

二 (予備的請求)

主文同旨

第二事案の概要

一1  原告は、昭和55年11月17日、被告の母である亡斎藤久子と婚姻の届出をした(甲1)。

2  久子は、昭和57年8月7日、被告を出産し、被告は、同月14日、原告と久子の二女として出生届がされた(甲1)。

3  久子は、同年10月22日、自殺を図り、同月24日、死亡した(甲6、29、原告本人)。

4  原告は、被告が原告に似ていないことから、被告が自分の子供ではないのではないかとの気持ちを捨て去ることができず、昭和63年12月、久子及び被告の血液型を調べたところ、ABO式で久子はO型、被告はA型であることが判明した。原告は、B型であり、B型とO型の両親からA型の子が生まれることはないから、原告は、被告が自分の子ではないことを確信した(甲3、4、5の16、原告本人)。

5  原告は、平成元年5月19日、被告を相手方として、神戸家庭裁判所に対し、主位的には嫡出否認、予備的には親子関係不存在確認の調停、審判を申し立てたが、右事件は、平成2年3月16日、不調により終了した。そこで、原告は、同月28日、本件の訴えを提起した。

二  原告は、主位的に嫡出否認を求め、民法777条で定めている1年の出訴期間は、夫が嫡出否認の原因となる出生の事実を知った時から起算すべきであると解されるところ、原告が嫡出否認の原因となる事実を知ったのは、昭和63年12月であるから、前記調停、審判の申立ては、出訴期間内の適法な申立てであると主張した。また、原告は、仮に右のように解することができないとしても、本件のように血液型が明確に不一致であり、生物学的な意味での親子関係が否定される場合には、民法772条の嫡出推定は排除され、親子関係不存在確認の訴えが認められると解すべきであるとして、予備的に原告と被告との間に親子関係が存在しないことの確認を求めた。

被告は、嫡出否認の訴えについては、出訴期間を経過した後の訴えであり、また、嫡出の推定を受ける子について嫡出性を否認するためには、必ず、嫡出否認の訴えによらなければならず、親子関係不存在確認の訴えによることはできないとして、いずれの訴えも不適法であると主張した。

第三判断

一  原告と被告との親子関係について

1  鑑定の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 鑑定人は、原告と被告の血液型につき、赤血球型10形質、血清型17形質、赤血球酵素型10形質、白血球酵素型1形質の検査を行い、各血液型の遺伝法則に基づいて、原告と被告の父子関係の存否の検討を行ったところ、次の3個の血液型に矛盾を生じた。

(2) まず、赤血球型検査による形質の内、MNSs式血液型について、原告はNs型(遺伝子はNs/Ns、以下、同様に遺伝子型を記す。)、被告はMs型(Ms/Ms)である。Ns型の人の子は、Ns遺伝子を持つ人であるが、被告は、Ms型(Ms/Ms)であるから、原告の実の子ではありえない。

(3) 次に、結成型検査による形質の内、C4型について、原告はA3、3、B5、1型(A3B5/A3B1)、被告はA4、3、B2、2型(A4B2/A3B2)である。A3、3、B5、1型(A3B5/A3B1)の男を父として生まれる子は、A3B5遺伝子又はA3B1遺伝子を持つ人であるが、被告は、A4、3、B2、2型(A4B2/A3B2)であるから、原告を実の父として生まれることはできない。

(4) さらに、白血球酵素型検査による形質の内、FUC型について、原告は1型(1/1)であり、被告は2型(2/2)である。1型の父の子は、常に1遺伝子を持つ人であるが、被告は、2型(2/2)であるから、原告を実の父として生まれることはできない。

2  以上の血液型において、原告と被告の父子関係に矛盾を生じ、被告は、原告を実の父として生まれることはできず、したがって、両者の間には、人類遺伝学見地からみて、父子関係が成立しないことを確認することができる。

二  主位的請求(嫡出否認請求)について

1  前記第2の1のとおり、被告は、原告と被告の母である久子が婚姻をした昭和55年11月17日から200日後である昭和57年8月7日に生まれた子であるから、民法772条により、原告の嫡出子であるとの推定を受ける。甲第一号証によれば、同年8月14日に被告の出生届をしたのは、原告であるから、原告は、少なくとも、そのころ、被告の出生を知ったと認められる。

また、前記第2の1のとおり、原告は、平成元年5月19日、被告を相手方として、嫡出否認等の調停審判の申立てをしたが、平成2年3月16日、不調により終了したため、それから2週間以内である同月28日に本件訴えを提起したのであるから、原告につき嫡出否認の訴えを提起したとみなされるのは、平成元年5月19日である。

したがって、本件の訴えは、原告が被告の出生を知った日から民法777条所定の1年の期間を経過した後に提起されたことが明らかである。

2  原告は、民法777条の出訴期間は、夫が嫡出否認の原因となる出生の事実を知ったときから起算すべきである旨主張する。しかし、同条は、嫡出否認の原因となるような事実があることを知ったかどうかにかかわらず、子の出生そのものの事実を知ったときから起算されると解すべきであり、原告の右主張は採用することができない。

よって、原告の嫡出否認を求める訴えは、不適法である。

三  予備的請求(親子関係不存在確認請求)について

1  証拠(甲1、6、8の1ないし7、9、10、11の1、2、12の1ないし3、13ないし28の各1、2、29、乙5、証人東海林正太郎、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、成年に達した後から、尼崎市内の運送会社でトラック運転手として働くようになり、昭和49年3月から現在まで、山中次郎商店で運転手として勤務している。

(2) 原告は、昭和54年ころ、神戸市○○のバーのホステスであった久子と知り合い、同棲期間を経て、昭和55年11月17日、同女との婚姻届けをした。久子は、再婚であり、前夫との間には、3人の子があったが、これらの子は、原告と婚姻した後は、原告と同居していなかった。

(3) 原告と久子の間に、昭和56年3月16日、長女美枝が、昭和57年8月7日、二女の被告がそれぞれ生まれた。

(4) 原告は、昭和55年以降は、勤務先の山中次郎商店から、毎月70万円前後の収入を得ており、その収入の大部分の管理を久子に任せていた。

それにもかかわらず、久子が家賃を滞納していたことが知れたが、原告が金の使途を問いただしたにもかかわらず、久子は、これを明らかにしようとしなかった。

(5) 久子は、昭和57年10月22日、鎮痛剤を多量に飲んで自殺を図り、同月24日、死亡した。原告には、久子が自殺する原因につき思い当たることはなく、久子の遺書にも具体的な自殺の理由は何も書かれていなかった。

(6) 久子が死亡した後、同女は、原告の知らない間に、多数のサラ金業者から金を借りていたことが判明した。

(7) 原告は、昭和57年11月ころ、トラック運転手の仕事を続けながら子供を育てることはできなかったため、美枝及び被告を神戸市○○区○○町の○○乳児院○○園に預けた。その後、被告は、現在の住所地の社会福祉法人○○○○○○に移った。

(8) 原告は、昭和63年7月2日、現在の妻真理と再婚した。その際、子供を引き取ることも考慮したが、被告が自分の子であるかどうか疑いを持ち、同年12月、久子が死亡した病院に行き、同女の血液型を調べたところ、ABO式でO型であることが判明した。さらに、被告が入園している○○○○○○に被告の血液型の検査を依頼したところ、A型であった。原告はB型であり、O型とB型の両親からA型の子が生まれることはないから、原告は、被告が自分の子でないことを確信した。

(9) そこで、原告は、平成元年5月19日、被告を相手方として、神戸家庭裁判所に対し、主位的には嫡出否認、予備的には親子関係不存在確認の調停、審判を申し立てたが、右事件は、平成2年3月16日、不調により終了した。

2  ところで、民法772条が嫡出推定を定め、同法774条以下において、夫が子の出生を知ったときから1年以内に出訴することによってのみ子の嫡出性を否認することができるとしたのは、婚姻中にたまたま妻が夫以外の男子との性的交渉により子を生んだ場合にも、家庭の平和のため、一応すべて夫の子として扱い、夫が自ら夫婦間のプライバシーを公にしてまでも父子関係を否定しようと欲するときにのみ、これを否定する途を開くとともに、その期間を制限して、父子関係を早期に安定させ、未成熟子に対する安定した養育を確保しようとしたものと解せられる。

このような制度の下では、父子間に血縁のないことが明らかであっても、出訴期間経過後は、もはや嫡出否認の訴えによっては親子関係を争うことができないが、このような場合に、法律上、他にその子の嫡出性を争う方法がないと解することは相当ではない。すなわち、仮に出訴期間経過後にあっては、争う手段がないとの理由で当事者を束縛しても、当事者間に実の親子としての情愛が形成されることは期待できないし、その親子関係は、単に戸籍上の表示が残っているだけの形骸化したものとなるおそれが大きい。

確かに、父子間に血縁関係がないというときでも、夫婦間で平穏な家庭生活が営まれているようなときは、そのまま平穏な親子関係を維持することは同時に子の福祉にも資することになるから、家庭の平和の保護という法律の理念を優先させるべきであり、嫡出親子関係を否定する手段はないという結論にも少なからぬ理由があるといえよう。しかし、保護すべき夫婦ひいては家庭の平和が既に崩壊している場合になお、明らかに真実に反する親子関係を終生維持しなければならないとする立場に固執することは、親子の感情が本来自然的な血縁に基づくものであり、自然的血縁のある関係こそが真実の親子であるとする国民一般の感情に反し、かつそのような事態が子の福祉にとっても好ましいことではない。

したがって、このような場合には、いわゆる真実主義が家庭の平和に優先し、真実の血縁関係に合致した父子関係を求めるための手段が認められるべきであると解する。すなわち、形式的には、民法772条により父子であると推定される関係にあっても、客観的、科学的にみて夫の子ではないことが明白である場合において、夫婦ひいては家庭の平和が既に崩壊しているときは、嫡出推定ないしその否認の制度的基盤が失われているのであるから、嫡出否認の出訴期間が経過した後であっても、例外的に親子関係不存在確認の訴えを提起し、これによって身分関係の確定を図ることができると解するのが相当である。

3  以上の考察に基づいて、本件について考えると、まず、被告は、生後約3か月間、原告と一緒に生活したのみで、久子が自殺した直後、原告がトラック運転手という仕事を続けるためやむを得ず施設に預けられ、その後は、今日に至るまで、全く原告と寝食を共にするという家庭生活を送ったことはないのである。また、原告は、久子の使途不明の借金、決して真実を告げようとしない態度及び突然の自殺等により、久子に対する信頼感を全く喪失しており、同人の子でありかつ原告と血縁関係のない被告に対し、自己の子としての愛情を持つことができないとの気持ちを抱いているうえ、原告は、現在の妻と再婚し、新たな家庭を築きあげており、被告との間に、将来においても、親子の情愛が形成される見込みは絶無であるといえる。他方、被告は、姉美枝とも離れて生活しているが、現在の社会福祉法人○○○○○○で、概ね順調に成育しており、同法人の東海林正太郎園長は、原告との間の不確実な親子関係ならば、なくても被告は十分成育できるであろうと述べている。

したがって、客観的、科学的にみて、被告は原告の子ではないことが明白であり、原告と久子の家庭は既に久子の死亡により終了し、その後は、原告と被告との間に通常の家庭生活が送られたことは一度もないのであって、原告自身、被告に対し、自己の子としての情愛を持つことができないと感じており、今後も両者間に、改めて平穏な家庭が築きあげられる見込みは全くないという本件の事実関係の下では、被告は、原告の嫡出子としての推定を受けず、原告は、被告との親子関係が存在しないことの確認を求めることができるというべきである。

第四結論

よって、原告の嫡出否認の訴えは不適法であるから却下し、親子関係が存在しないことの確認を求める訴えは理由があるから認容して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉野孝義)

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